Q1:『落穂拾い』を描いたジャン=フランソワ・ミレーとは別人ですか?
A1:まったくの別人です。『落穂拾い』や『晩鐘』を描いたのはフランスのバルビゾン派の画家ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet, 1814-1875)です。一方、本記事で解説しているのは、ラファエル前派を率いてイギリスで活躍したジョン・エヴァレット・ミレー(John Everett Millais, 1829-1896)です。日本ではカタカナ表記が同じ「ミレー(ミレイ)」となるため混同されやすいですが、国籍も画風も異なります。
Q2:名画『オフィーリア』は日本で見ることができますか?
A2:常設展示されているのはイギリス・ロンドンのテート・ブリテン(テート・ギャラリー)です。日本国内でも過去に「ラファエル前派展」などの特別企画展で来日した実績がありますが、世界屈指の至宝であるため貸し出し基準は極めて厳しく、来日は極めて稀です。鑑賞を希望される場合は、ロンドン現地のテート・ブリテン公式スケジュールを確認して訪問することをおすすめします。
Q3:エフィー・グレイとの結婚生活は、スキャンダルの後どうなったのですか?
A3:周囲の冷たい視線にもかかわらず、二人の夫婦仲は生涯にわたって極めて良好でした。ミレーはエフィーを深く愛し、8人の子どもたちに囲まれて温かな家庭を築きました。晩年、死期の迫ったミレーを見舞ったヴィクトリア女王に対し、ミレーは「妻エフィーを宮廷に正式に受け入れてほしい」と懇願し、女王がそれを受け入れたことで、40年越しに妻の社会的名誉が回復されたという感動的な逸話が残されています。
Q4:ラファエル前派はなぜわずか数年で事実上解散したのですか?
A4:メンバーそれぞれの目指す芸術性と性格があまりに異なっていたためです。自然の徹底した写実を目指したハント、神秘的・象徴的な中世趣味に傾倒したロセッティ、そして大衆性と高度な絵画技術を融合させたミレーの間で方向性の乖離が進み、1853年にミレーがアカデミー準会員に選出されたことを契機に、初期の結束は自然消滅しました。