「意志あるところに道は開ける」という言葉を耳にしたとき、大半の人が思い浮かべるのはエイブラハム・リンカーンの肖像でしょう。南北戦争という未曾有の国家分裂危機を乗り越え、1863年の奴隷解放宣言や「人民の、人民による、人民のための政治」で知られるゲティスバーグ演説を成し遂げた不屈の指導者です。極貧の丸太小屋から独学で弁護士となり、度重なる落選を経験しながら大統領へ上り詰めた彼の生涯そのものが、この言葉の象徴とされてきました。
しかし、歴史文献およびことわざ学(パレミオロジー)の調査記録を突き合わせると、意外な事実が判明します。英語原文である「Where there is a will, there is a way」の初出は、リンカーンが生まれるはるか前、1640年にイングランドの詩人・聖職者ジョージ・ハーバートが編纂した諺集『Jacula Prudentum』などに原型(「To him that will, ways are not wanting」など)が確認されています。現在の定型句として英語圏で広く定着したのは18世紀前半から19世紀初頭にかけてのことでした。
では、なぜ日本では「リンカーンの名言」としてこれほど強固に認知されているのでしょうか。明治から大正期にかけて西洋の偉人伝が日本に流入した際、リンカーンの波乱万丈な生涯を紹介する伝記本において、彼の生き様を総括するモットーとして「Where there is a will, there is a way」が重ね合わされ、名訳「意志あるところに道は開ける」とともに流布した経緯があります。つまり、彼がゼロから生み出したオリジナルフレーズではないものの、「この言葉の価値を自らの人生で完璧に実証した最大の体現者」であったがゆえに、世界中でリンカーンの言葉として記憶されるに至ったのが真相です。
英語表現の文法構造を精緻に読み解くと、さらに深い洞察が得られます。「will」という名詞は、単なる「wish(一時的な願い)」や「hope(当てのない期待)」とは明確に区別されます。自らの明確な決意、不動の志、目的達成に向けた自律的意志を指します。そして後半の「way」は、あらかじめ用意された一本道ではなく、「手段、手法、打開策、進路」を意味します。直訳すれば「確固たる決意が存在する地点にこそ、打開の手段が立ち現れる」。外的な障害の有無ではなく、内面的な動機付けの深度こそが現実を切り拓くという、冷徹な因果関係を突いた格言なのです。