どれほど慎重に育てていても、梅雨の長雨や厳冬期の冷え込みによって根腐れを引き起こしてしまう事例は後を絶ちません。「葉が黄色くしなびて垂れ下がっている」「触ると株がぐらつく」「鉢底からカビ臭がする」といった症状は、地下部で根の壊滅が起きている危険信号です。
しかし、根が全滅に近い状態であっても、成長点(茎の中心部)が生きていれば復活の可能性は十分にあります。ナーセリー現場でも実践されている根腐れの救命処置は、以下のステップで行われます。
- 腐敗組織の完全除去:株を鉢から慎重に抜き取り、古い植え込み材をすべて取り除きます。黒ずんで中身が抜けた根、茶色くブヨブヨになった根を消毒済みのハサミですべて切り落とします。芯糸(中心の細い導管)だけが残っている場合も、吸水能力はないため根元から切除します。
- 殺菌と乾燥:生き残った緑色または黄白色の硬い根だけを残し、市販のベンレート水和剤やトップジンMペーストなどの殺菌剤を切り口に塗布します。その後、風通しの良い日陰で半日ほど乾かし、傷口を確実に塞ぎます。
- 集中治療(密閉保湿法):健全な根が1〜2本しか残っていない重症株の場合、通常どおり植え込むと吸水が追いつかず脱水で枯死します。この場合、底に湿らせたペーパータオルを敷いた透明なビニール袋に株を吊るすように入れ、袋の口を軽く閉じて直射日光の当たらない温かい場所(22℃〜25℃)に静置します。湿度80%以上の無菌空間を人工的に作り出すことで、株自身の蒸散を抑えながら新しい発根を誘導する手法です。
また、弱った株に対して「栄養をつけさせよう」と活力剤や液肥を与えるのは、瀕死の重症患者にステーキを食べさせるような致命的暴挙です。胡蝶蘭の施肥には極めて厳格なルールが存在します。
肥料が必要なのは、気温が安定して20℃を超え、新芽と新根がグングン伸長している5月中旬から9月上旬の成長期のみです。与える場合も、洋ラン用液体肥料を規定濃度のさらに倍、すなわち2000倍〜3000倍というごく薄い濃度に希釈し、月に2回程度水やり代わりに与えるのが上限です。休眠期である冬場や、根を痛めている最中に肥料を与えると、濃度の浸透圧によって残った健康な根毛まで焼け爛れ、息の根を止める結果となります。