ハリーポッターの日本語吹き替え声優として歩み出した小野賢章を待ち受けていたのは、世界的な注目度と並行して訪れた肉体的な変化でした。第1作から最終章『死の秘宝 PART2』までの10年間にわたり、同一キャストが吹き替えを完遂した事例は、洋画吹き替え史全体を見渡しても極めて異例です。その道程において最大の障壁となったのが、小野賢章を襲ったハリー・ポッターのアフレコ中の声変わりでした。
声の変声期は、第2作『秘密の部屋』から第3作『アズカバンの囚人』の制作期間中に直面しました。前作までのハイトーンで無垢な響きが出せなくなり、収録マイクの前で狙った音程がかすれる日々に、本人は計り知れない恐怖を感じていたと語っています。一時は「役を降ろされるのではないか」という不安が現場を覆いましたが、演出陣が選んだ道は声優の交代ではなく、ダニエル・ラドクリフ自身の肉体的な変声期と小野賢章の成長をシンクロさせるという極めてリアルな演出手法でした。
喉のコントロールに苦しみながらも、映画のハリーが抱える反抗期の苛立ちや孤独感と、自身の声が出にくいジレンマが奇跡的なシナジーを生み出しました。第4作『炎のゴブレット』以降は太く安定した低音を獲得し、過酷な運命を背負う救世主の苦悩を重厚に演じ分けられる表現力を確立したのです。