小豆を煮る工程において、大豆や金時豆と決定的に異なる特徴が水戻しが不要な理由にあります。大豆などは種皮全体から急速に水を吸うため、事前に水戻しをしないと皮と実の吸水速度の差でシワや割れが生じます。対照的に小豆の表面は強固な蝋(ワックス)層で覆われており、常温の水にはほとんど浸透しません。加熱されて初めて「へそ」の部分から緩やかに水分を吸い込み始める構造を持つため、事前の浸水時間を取らず、水から直接火にかける調理法が最も適しているのです。
加熱開始後に欠かせない工程が、小豆の渋抜きの手順です。小豆の赤褐色の皮にはポリフェノールの一種であるタンニンやサポニンが豊富に含まれており、これらは優れた抗酸化物質である反面、過剰に残ると舌を刺すエグ味や渋味の原因になります。具体的な手順は以下の通りです。
- 水洗いした小豆と、小豆の体積の約3倍から4倍のたっぷりの水を鍋に入れ、中火で加熱する。
- 沸騰したら火を少し弱め、アクを出しながら5分から7分間ほどグラグラと煮立たせる。
- 茹で汁が赤紫色に濁ってきたら、一度ザルに小豆をあけて茹で汁をすべて捨てる(この茹でこぼしが渋抜き)。
- 小豆を流水で擦り洗いせず、優しくすすいで鍋に戻し、新たな水を注いで本煮へと移行する。
渋抜きを2回以上繰り返すとスッキリした味わいになりますが、ポリフェノール由来の小豆特有の風味や鮮やかな小豆色まで抜けてしまうため、通常の家庭調理では渋抜きは1回で十分というのが現代の料理界のコンセンサスです。
本煮の段階で古くから伝わるのが、びっくり水と差し水の効果です。沸騰して激しく踊る鍋に冷水を注ぐ行為には、二つの明確な狙いがあります。第一に、急激な液温低下によって豆の芯と外側の温度差を縮め、煮ムラを防ぐこと。第二に、対流を一時的に鎮めて豆同士の衝突を防ぎ、皮が破れる「胴割れ」を防止することです。ただし、過度な差し水は加熱効率を著しく落とすため、現代のガスコンロやIH調理器であれば、火加減を「弱火」に落として対流を静めるアプローチの方が理にかなっています。
さらに、どうしても硬さが取れない古豆を煮る際の切り札が、重曹でふっくら煮る裏ワザです。水1リットルに対して小さじ1/4程度の食用重曹(炭酸水素ナトリウム)を加えると、煮汁が弱アルカリ性に傾きます。アルカリ成分は植物細胞の細胞壁を構成するペクチンを速やかに分解・溶解するため、頑固な古豆であっても驚くほど短時間でトロトロに柔らかく仕上がります。ただし、重曹を入れすぎると独特の薬品臭が残り、小豆特有の赤褐色が黒っぽく変色するデメリットを伴うため、使用量は厳格に計量する必要があります。