歴史上の人物のビジュアルに関して、最も根深い誤解が存在するのが新選組一番隊組長・沖田総司です。多くの創作物において沖田は「結核に冒された薄幸の美少年剣士」として描かれますが、歴史事実を厳密に洗っていくと、全く異なる人物像が浮かび上がってきます。
まず決定的な事実として、沖田総司の生前の写真は現存していません。現在ネット上やテレビ番組で沖田総司として紹介されることのある紋付羽織の写真の多くは、昭和期に新選組研究が進む過程で親族の写真を借用したものか、あるいは全くの別人(鳥取藩士など)の誤認であることが判明しています。
新選組の屯所となった壬生の八木家に生まれ、少年時代に本物の沖田と日常的に接していた八木為三は、後年の回想録『新選組遺聞』において沖田の容姿を次のように証言しています。
「沖田は色が黒く、肩が怒っており、愛嬌のある顔でよく笑う青年だった。美男子というよりは、ヒラメのような愛敬のある顔立ちだった」
つまり、実際の沖田は創作劇のような色白の貴公子ではなく、陽気で頑強な体躯を持つ快活な剣術青年でした。「天才剣士」「若き日の労咳(結核)による死」という悲劇的な要素が、昭和の名作時代劇や司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』等を通じて増幅され、人々の願望によって「美少年」へと上書きされた典型例です。
海外の歴史的イケメン比較|世界も同じ「美貌の神話」を抱えている
このような歴史の神格化は日本に限りません。海外に目を向けると、クリミア戦争の従軍写真や欧州貴族の記録において、19世紀の英国詩人バイロン卿や、若き日の物理学者アインシュタイン、さらには青年期のチェ・ゲバラなど、思想や功績の激しさと相まって崇拝された人物が多数存在します。歴史を動かすエネルギーを持つ人物には、時代や国境を越えて人々を魅了する容貌の引力が宿りやすいと言えます。