熊本県荒尾市に広がる広大なレジャーランドが「三井」の名を手放したのは、2006年7月1日のことでした。これについてネット上では「経営破綻したのではないか」「外資に買収されたのか」といった憶測が長年飛び交ってきましたが、真相は旧三井鉱山の経営再建に伴う事業再編と資本の独立にあります。
時計の針を1960年代に巻き戻すと、同園のルーツは日本の近代産業を支えた三井三池炭鉱に行き着きます。当時、石炭から石油へとエネルギーの主役が移り変わる「エネルギー革命」の荒波が直撃し、炭鉱離職者の深刻な雇用問題が発生していました。三井鉱山(現・日本コークス工業)は地域の雇用維持と多角化経営の旗印として、1966年7月23日に遊園地・ゴルフ場・ホテルを内包する「三井グリーンランド」を開園したのです。
しかし、1997年に三井三池炭鉱が閉山を迎えると、親会社であった三井鉱山本体の経営状況も急激に悪化します。2000年代初頭、三井鉱山が産業再生機構の支援を受ける中で事業の「選択と集中」が進められ、非中核事業であったレジャー・リゾート部門の保有株式が地元金融機関や西日本鉄道グループ、地元経済界へと売却されました。
当時の有価証券報告書および公式発表資料によると、2005年までに三井鉱山との資本関係が解消され、開園40周年の節目である2006年7月に商号を「グリーンランドリゾート株式会社」、施設名を「グリーンランド」へと一新。すなわち、破綻による夜逃げ同然の改称ではなく、炭鉱の町を支える企業城下町の象徴から、市場経済で戦う自立したレジャー企業への脱皮こそが、名称変更の決定的な理由でした。