酒井氏が独身を貫いた背景には、単なる巡り合わせを超えた「プロデューサーとしての生き様と美学」が存在していました。関係者の証言や生前のインタビューから浮かび上がる理由は、大きく分けて3点あります。
第1に、24時間をスター育成に注ぎ込む狂気的なワーカホリックであった点です。酒井氏は担当アーティストの楽曲選びやコンセプト設定のみならず、衣装の選定、キャッチコピーの考案、宣伝戦略に至るまで全方位に目を光らせていました。「朝起きてから眠りにつくまで、次のヒット曲のことしか頭になかった」と語る通り、家庭を築いて家族サービスに時間を割く余裕は物理的にも精神的にも皆無だったのです。
第2に、「作品とアーティストへの自己投影」です。酒井氏にとって自らプロデュースした楽曲やアイドルは、文字通り自らの分身であり子どもそのものでした。山口百恵のドラマティックな成長物語や、郷ひろみのスタイリッシュな変遷は、酒井氏が頭の中で描いた完璧な芸術世界を具現化したものです。自身の家庭を持つことよりも、虚構のアイドル像を完璧に磨き上げることへ強い快感を覚えていたとされます。
第3に、私生活をミステリアスに保つダンディズムです。酒井氏は常に上品なスーツを着こなし、洗練された語り口を崩しませんでした。自らの生々しい生活感を世間に見せないこと自体が、夢を売る音楽プロデューサーとしての演出プランでもあったのです。