長門裕之の破天荒とも言える女性遍歴の背景には、日本映画の父と呼ばれる牧野省三を祖父に持ち、父・沢村国太郎、母・マキノ智子という名門芸能一家に生まれた生い立ちが深く関係しています。弟である名優・津川雅彦と共に、幼少期から映画界の中心で育った長門は、昭和の映画黄金期特有の「豪快で破滅的な役者気質」を地で行く人物でした。
津川雅彦もまた華やかなプレイボーイとして名を馳せましたが、私生活と公の場を冷徹に分けるプロ意識を持っていました。対照的に長門は、私生活の赤裸々な感情や自らの弱さを表現に昇華させようとするあまり、現実の人間関係との境界線を見失いがちな危うさを抱えていたと評されています。
過去の女性関係に関する数々の噂は、映画界のトップスターとしての特権意識と、妻・南田洋子に対する強烈な劣等感や甘えが複雑に絡み合った結果だったと言えます。長門にとって暴露本は、自らの業をさらけ出すことでしか自己を保てなかった歪んだ自己表現の極致でもありました。