北の富士の死因と病気の真相|舞の海との名解説や弟子育成の伝説を追う

北の富士の死因と病気の真相|舞の海との名解説や弟子育成の伝説を追う

北の富士の死因と病気の真相|舞の海との名解説や弟子育成の伝説を追うにまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

指導者としての北の富士氏の功績は、大相撲史における金字塔です。1974年の引退後、年寄・井筒を経て1977年に名門・九重部屋を継承。そこで才能を開花させたのが、後に昭和最後の大横綱と呼ばれる「ウルフ」こと千代の富士でした。

肩の脱臼癖に苦しんでいた若き千代の富士に対し、北の富士氏は徹底的なウエイトトレーニングと強靭な筋肉の鎧を纏う肉体改造を指示。さらに「まわしを引いたら絶対に離すな」と速攻相撲へのモデルチェンジを断行しました。師匠の情熱に応えた千代の富士は、通算1045勝、幕内最高優勝31回という歴史的偉業を成し遂げます。

さらに九重部屋からは、後に第61代横綱となる北勝海(現・八角理事長)も誕生。同一部屋から2人の横綱を同時に土俵に君臨させた手腕は、名伯楽と呼ぶにふさわしいものでした。1992年に部屋の看板を愛弟子・千代の富士に譲り渡した際も一切の執着を見せず、常に弟子の自主性と威厳を重んじる師匠でした。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。