堀井七曜園(Horii Shichimeien)の歩みは、日本の茶史そのものと言っても過言ではない。室町時代、将軍・足利義満の命によって宇治に造営された「宇治七名園」。その大半が都市化や時代の変化とともに姿を消していくなか、創業以来の理念をかたくなに守り抜いてきた。
この長い歴史において特筆すべきは、一族の先人たちが果たした技術革新の功績だ。大正時代、三代目の堀井長太郎(Horii Chotaro)は、それまで手作業に頼っていた抹茶の製造工程において「碾茶用乾燥機」を発明。この画期的な機械化は、日本の製茶業界全体に革命をもたらし、高品質な抹茶の安定供給へと大きく舵を切るきっかけとなった。さらに現代においても、六代目の堀井信夫(Horii Nobuo)をはじめとする歴代当主が、伝統の継承と品評会出品茶のクオリティ向上に心血を注ぎ続けている。