笹川家を語る上で避けて通れないのが、競艇産業の創設とその収益構造である。戦後、笹川良一はモーターボート競走法の発案と成立に深く関わり、自ら日本船舶振興会を設立した。公営ギャンブルとしての競艇が爆発的な収益を生むようになると、その資金は単なる個人の富にとどまらず、莫大な公益資金へと姿を変えていく。
この資金循環システムこそが、現在の日本財団の基盤となった。巨額の資金がどのように流れ、どのように管理されてきたのかについては、当時から「私物化ではないか」という厳しい批判と、「国家予算に頼らない民間助成システム」という絶賛の両論が渦巻いてきた。資産の透明性や助成金の分配をめぐる議論は、息子たちが事業を継承してからも度々クローズアップされてきたが、現代においてはグローバルな助成機関としてのガバナンスが再構築され、国内外の社会的課題の解決に不可欠な存在となっている。