大相撲の武蔵川部屋に入門し、「武蔵海」の四股名で土俵に上がっていた過去を持つ彼。若くして勝負の世界に身を投じたものの、怪我や将来への葛藤が重なり、力士としての廃業を決意する。その直後に彼が向かった先は、土俵ではなく落語の世界だった。
相撲社会の厳しい上下関係から、今度は噺家の弟子修業というまったく異なる礼儀作法が求められる環境へ。体をぶつけ合う勝負師から、言葉と仕草だけで老若男女を魅了する表現者への転身は、並大抵の覚悟で成し遂げられるものではない。「元力士」という珍しい看板は注目を集める一方で、時に偏見の目で見られることもあったが、本人は高座でひたむきに噺を磨き続けた。