グループの歴史を語る上で欠かせないのが、森内貴寛さん、山下智久さん、錦戸亮さん、そして手越祐也さんの脱退劇です。彼らが決断を下した背景には、単なる人間関係の摩擦にとどまらない、アーティストとしての強烈な自己実現欲求と環境の摩擦がありました。
森内貴寛(ONE OK ROCK Taka):わずか3ヶ月で下した「自立」への決断
デビューからわずか3ヶ月後の2003年12月、森内さんの活動休止が突如発表されました。当時発表された公式理由は「高校受験と学業への専念」でした。大物歌手の二世という重圧に晒されながらも、当時の特番インタビューや自著で後年語られたところによると、「用意された敷居の上で歌うことへの強烈な違和感」「自分自身の力でゼロからロックバンドを立ち上げたいという衝動」が根底にあったと明かされています。その後、慶應義塾湘南藤沢高等部を中退し、ライブハウスでの下積みを経てONE OK ROCKを結成。自らの手で世界を切り拓いた姿は、彼が選んだ道の正しさを証明しています。
山下智久と錦戸亮:2011年10月「激震のツートップ離脱」
グループにとって最大の試練となったのが、2011年10月7日に発表された山下智久さんと錦戸亮さんの同時脱退です。
山下さんは当時、ドラマ『クロサギ』『プロポーズ大作戦』『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』などで社会現象を巻き起こし、グループの絶対的エースとして多忙を極めていました。公の場で見せた表情の翳りや後年の手記では、「グループを背負う重責と、一人の表現者として海外や新しいステージへ挑戦したい思いの狭間で葛藤していた」と語られています。
一方の錦戸亮さんは、デビュー以来「関ジャニ∞」と「NEWS」という2大グループを8年間にわたり兼任し続けていました。両グループの全国ツアーやCDリリースが重複する過密スケジュールは肉体的・精神的限界を超えており、「どちらのグループにも中途半端に関わることができない」という誠実な責任感から兼任解除、すなわちNEWSからの脱退を選択するに至りました。
手越祐也:2026年コロナ禍での電撃退所
山下さん・錦戸さんの脱退後、4人体制(小山・加藤・増田・手越)として『チャンカパーナ』の大ヒットを生み出し結束を強めていたNEWSでしたが、2026年6月19日、手越祐也さんの契約解除・グループ脱退が発表されます。緊急事態宣言下の行動に関する報道が発端となりましたが、記者会見で本人が語った「アイドルという枠組みを超え、個人の影響力で世界やボランティア、新規ビジネスに挑戦したい」という強い独立心が引き金となった脱退でした。