相模湾沿岸に数あるビーチのなかで、なぜ小田原の本町海岸だけが「御幸の浜」と呼ばれるようになったのか。その起源は、近代日本の夜明けを迎えて間もない明治6年(1873年)5月にさかのぼります。
当時、箱根の温泉へ静養に向かわれていた明治天皇と昭憲皇太后が小田原に立ち寄られた際、宿場町として栄えたこの海岸へ足を運ばれました。そこで披露されたのが、小田原の伝統的な漁法である「地引網(地引き網の網たぐり)」でした。天皇・皇后両陛下が浜辺から漁民たちの勇壮な網引きの様子を熱心に御覧(天覧)になったという栄誉を記念し、天皇の外出を意味する「御幸(みゆき・行幸)」の名をとって「御幸の浜」と名付けられました。
現地には今もその由緒を伝える「明治天皇御幸碑」が静かに佇んでいます。城下町として武家文化が色濃かった小田原において、皇室との歴史的な接点を示す象徴的なモニュメントであり、単なる観光海岸にとどまらない地域の誇りとして守り継がれています。