森の歌姫とも称されるクロツグミの鳴き声は一体なぜここまで美しいのか。その秘密は、鳥類の中でも突出した鳴管(めいかん)の発達と複雑な倍音構造にあります。カラスやスズメと同じスズメ目に属しながら、ツグミ科の鳥たちは左右独立して気流を制御できる高度な発声器官を持っています。クロツグミはこの器官を自在に操り、高音と低音をほぼ同時に響かせることで、まるで複音ハーモニカや木管楽器のような深みのある音色を生み出しているのです。
クロツグミのさえずりは、日本の伝統的な聞きなし(人間の言葉への当てはめ)では「キョロロン、キョロロン、ジージーツィー」や「キョロン、キョロン、チー」などと表現されます。前半部分は伸びやかで朗らかな澄んだ美声で始まり、後半に入ると急転直下、早口でささやくような複雑な節回しへと移行するのが際立った特徴です。
さらに特筆すべきは、卓越した「鳴き真似(サンプリング能力)」です。野鳥録音アーカイブや各地のバイオアコースティクス調査によると、クロツグミのオスは自らの縄張りの周囲に生息するキビタキ、コサメビタキ、アカハラ、センダイムシクイなどのさえずりの断片を巧みに取り入れ、自らの歌の中にマッシュアップして披露します。長野県富士見町で行われた野外音声記録の解析でも、背後で鳴いているキビタキの声に即座に反応し、その特徴的な節回しを正確に模倣して自らのフレーズに組み込んで歌い上げる様子が克明に記録されています。1羽ごとにレパートリーが異なり、同じ個体であっても二度と同じ構成では歌わないと言われるほどのアドリブ性こそが、聴く者を惹きつけてやまない最大の要因です。