北原ミレイ『石狩挽歌』に秘めた阿久悠の真実|名曲誕生と現在の姿の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。
北原ミレイ(本名:北原美鈴)さんは1948年7月18日、愛知県豊田市生まれ。ジャズ喫茶で歌っていたところを作詞家の水木かおる氏に見出され、本格的なレッスンを重ねました。そして1970年、阿久悠作詞・村井邦彦作曲による『ざんげの値打ちもない』で鮮烈なデビューを飾ります。
当時、アンニュイで影のあるビジュアルと、物語の主人公に憑依したかのような圧倒的な歌唱表現は「アングラ歌謡の旗手」として大きな話題を呼びました。その後も『棄てるものがあるうちはいい』など、既存の女性歌手像を覆す前衛的な楽曲を発表し続け、1975年の『石狩挽歌』で国民的歌手としての地位を不動のものとしました。
楽曲名発売年・制作陣主な実績・特徴編集部の見解・評価ざんげの値打ちもない1970年
作詞:阿久悠
作曲:村井邦彦デビュー曲
「幻の4番」が存在するセンセーショナルな詞世界昭和アングラ文化の頂点。北原ミレイの表現力の基盤を築いた歴史的怪作。棄てるものがあるうちはいい1971年
作詞:阿久悠
作曲:鈴木邦彦2ndシングル
ニヒリズムと退廃美を前面に出した意欲作都会の孤独を歌わせたら右に出る者がいない存在感を決定づけた佳作。石狩挽歌1975年
作詞:阿久悠
作曲:浜圭介第17回レコード大賞作詩賞
累計数十万枚のロングセラー昭和歌謡の枠を超え、日本人の心象風景を描いた最高到達点。風の盆1986年
作詞:なかにし礼
作曲:浜圭介越中おわら風の盆を舞台にした情緒あふれる艶歌哀愁と妖艶さを併せ持つボーカルの進化を示した大人の名曲。