鳴戸親方を語る上で欠かせないのが、日本国籍の取得と改名にまつわる決断です。親方の現在の戸籍上の本名は「安藤 カロヤン」であり、ファーストネームのカロヤン(ブルガリア時代の本名:カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ)を残しつつ、夫人の姓である「安藤」を名乗っています。
鳴戸親方の帰化理由は極めて明確です。日本相撲協会の規定では、親方(年寄名跡)として相撲協会に残り、弟子を指導したり相撲部屋を創設したりするためには「日本国籍を有すること」が絶対条件と定められています。引退後に親方として後進を育て、自らの相撲部屋を持つという強い意志を持っていた親方にとって、日本国籍の取得は避けて通れない道でした。
当時、母国ブルガリアでは国民的英雄として絶大な知名度と人気を誇っていただけに、二重国籍を認めない日本の国籍法に従って祖国の国籍を離脱することは苦渋の決断を伴いました。しかし、自著や当時の報道インタビューにおいて親方は次のように語っています。
「相撲という日本の伝統文化に人生を救われ、人間として育ててもらった。その恩を返す道は、日本に骨を埋め、日本の若者たちに相撲の真髄を伝えることしかない」
2014年1月、現役引退の直前に日本国籍を取得。単なる資格取得のための手続きではなく、異文化を受け入れ、日本の伝統を未来へ継承するという覚悟が込められた決断でした。