明治以降に育った世代にとって「終身在位」は不変の伝統に思われがちですが、日本の歴史を俯瞰すると実態はまったく逆です。歴代126代の天皇のうち、およそ半数にあたる59代前後が生前に位を譲っています。
最初の譲位とされるのは、西暦645年の大化の改新直後、皇極天皇が軽皇子(孝徳天皇)へ位を譲った事例です。平安時代から中世・近世にかけては、院政の成立や政治的調整の手段として譲位は極めて一般的な制度的慣行として定着していました。
近代以前における最後の譲位となったのが、1817年(文化14年)の光格天皇から仁孝天皇への譲位です。光格天皇は朝廷の権威回復に尽力した名君として知られ、譲位後も「上皇」として院政を敷き、幕府との交渉において強い主導権を発揮しました。
では、なぜ明治時代に譲位が禁じられたのでしょうか。1889年(明治22年)に制定された旧皇室典範の編纂過程において、伊藤博文らは「上皇と現天皇による二重権威の発生」や「政治勢力による強制退位の強要」を徹底的に警戒しました。国家元首たる天皇の地位を盤石にし、権力の分裂を防ぐ目的から終身在位制が絶対視され、戦後の1947年(昭和22年)に制定された現行の皇室典範第4条にも「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」として、そのまま引き継がれたのです。