大魚神社の海中鳥居は、単なる観光用のモニュメントではありません。その根底には、約300年前の江戸時代から地域住民によって大切に受け継がれてきた生々しい伝承と信仰が存在します。
地域に伝わる古文書や太良町の郷土史によると、元禄時代(1693年頃)、この地を治めていた悪代官が住民たちを苦しめていました。困り果てた村人たちは一計を案じ、代官を酒宴に誘い出して泥酔させ、有明海沖合の孤島(沖ノ瀬)に置き去りにしました。
目を覚ました代官は、満ちてくる潮に命の危機を覚え、神仏に自らの非を悔い改め必死に救いを祈りました。すると、海中から巨大な魚(大エイ、または巨大な魚類)が現れ、代官を背中に乗せて無事に岸まで送り届けたと伝えられています。
命拾いをした代官は改心し、救ってくれた魚に感謝を捧げるため「大魚神社」を建立。さらに、海中に鳥居を建立して海の安全と大漁を祈願する神事を行ったのが海中鳥居の起源とされています。今日でも、鳥居から約2キロメートル沖合に浮かぶ「沖ノ島」と陸側の大魚神社本殿を結ぶ直線上に鳥居が配置されており、地域の漁師たちにとって航海安全と豊漁を守護する聖地として崇敬され続けています。