なぜ同じ月齢でありながら、流暢に喋る子と一言も出ない子に分かれるのでしょうか。小児神経学や認知心理学の観点から調査すると、そこには複数の要因が存在します。
1. 「受容言語(理解する言葉)」のコップを満たしている最中である
言語獲得のプロセスは、よく「コップに水を注ぐ作業」に例えられます。外から注がれる大人の言葉がコップ(子どもの脳内辞書)に満杯まで溜まって初めて、一滴の水が外に溢れ出します。この溢れ出た水こそが「発語」です。コップの容量には個人差があり、比較的小さなコップで早めに言葉を外に出すタイプの子もいれば、巨大なコップを持っていて膨大な単語をじっくり溜め込み、後から一気に溢れさせるタイプの子もいます。1歳4ヶ月で沈黙している子の多くは、水面下で大容量のコップを満たしている最中なのです。
2. 運動発達へのエネルギー配分(運動優先型)
乳幼児期の発達エネルギーは有限です。生後12ヶ月から16ヶ月頃は、独り歩きを始め、小走りや段差の昇降など、粗大運動機能が爆発的に進化する時期と重なります。全身を使って空間を探索することに脳のリソースを集中させている子どもは、一時的に言語の表出が後回しになる傾向が臨床的にも広く知られています。歩行や探索行動が安定すると、急に言語領域へ発達の重点が移行するケースは珍しくありません。
3. 親や周囲が先回りして欲求を満たしてしまっている
家庭環境におけるコミュニケーションのあり方も影響します。子どもが「あー」と声を出し、指を差しただけで、保護者が「お茶が飲みたいのね」「このおもちゃが欲しいのね」と完璧に先回りして対応している場合、子ども側には「わざわざ苦労して単語を発音する必要性」が生じません。非言語コミュニケーションが円滑すぎるがゆえに、発語の動機づけが遅れるという逆説的な現象です。
4. 身体的要因(隠れた難聴・滲出性中耳炎)の見落とし
見落としてはならないのが、身体的な聴覚トラブルです。特に乳幼児期に頻発する滲出性中耳炎は、痛みを伴わないため親が気づきにくく、水中に潜っているような「こもった音」しか聞こえなくなります。正確な音が入力されていなければ、正確な音を発音することはできません。「呼んでも振り返らないことが多い」「テレビの音量を極端に近づいて聞く」といった兆候がある場合、耳鼻咽喉科での診察が不可欠となります。