ダウンタウンの生い立ちを語る上で欠かせないのが、1960年代から1970年代にかけての兵庫県尼崎市の空気感です。当時の尼崎市南部は、大工場がひしめく阪神工業地帯の中心地として活気に満ちていた一方、煤煙や下町の雑多な人間模様が色濃く残る労働者の街でした。
松本人志の実家は、尼崎市潮江地区にあった文化住宅(長屋)。風呂なしのアパートで育ち、父親の自転車の後ろに乗せられて銭湯へ通った日々は、自著『遺書』でも赤裸々に記されています。裕福とは到底言えない家庭環境の中で、松本は「玩具を買い与えられない代わりに、頭の中で空想の遊びを作り出す」という内省的な知性を育んでいきました。
対する浜田雅功の生い立ちもまた平坦ではありませんでした。父親が万博関連の建築現場などで働き、決して裕福とは言えない中で厳格な躾を受けて育ちました。父親との衝突や独特の家庭ルールなど、後にバラエティ番組で鉄板ネタとなる「浜田家の実家エピソード」は、この時代の尼崎という濃密な共同体が生み出した副産物でもあります。