「をかし」という言葉の結晶とも言える金字塔が、平安中期に一条天皇の皇后・藤原定子に仕えた隨筆家、清少納言の手による『枕草子』です。冒頭の「第一段(春はあけぼの)」は、彼女の鋭利なレンズを通じて四季の移ろいがいかに鮮やかに切り取られていたかを雄弁に物語っています。
教科書でも定番の冒頭部分と、その真の美意識を浮き彫りにしたいとおかしの現代語訳を照らし合わせてみましょう。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」
(現代語訳:春は、夜がほのぼのと明け始める頃が良い。次第に白くなっていく山際の空が少し明るくなって、紫がかった雲が細く横にたなびいている情景は、たまらなく趣深い。)
続いて秋の段では次のように記されます。「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとおかし。」
夕空の彼方に豆粒のように小さく連なって飛んでいく雁の群れを捉え、清少納言は「いとおかし」と感嘆しました。ここにあるのは、物悲しさに沈むだけの感傷ではなく、「あんなに小さな鳥たちが秩序正しく規律を保って飛んでいる」という自然界の規則性や知的な面白さに気付くクールで明るい視覚的感動です。彼女は感傷に溺れず、細部を虫眼鏡で観察するかのような知的な眼差しで日常のワンシーンを肯定し続けました。