日本全国にイタリア料理店が星の数ほど存在するなかで、食のエキスパートたちが口を揃えて「別格の聖地」と呼ぶのが中目黒です。単なる流行の集積地ではなく、ここには中目黒ピザ激戦区の理由を物語る揺るぎない歴史的文脈が存在します。
そのルーツは、1995年に遡ります。のちに「聖林館」へと屋号を変える伝説のピッツェリア「SAVOY(サヴォイ)」が中目黒の地に産声を上げ、オーナーピッツァ職人である柿沼進氏が日本国内に本格的な薪窯ナポリピッツァの衝撃をもたらしました。当時、まだ薄生地のクリスピーピザやアメリカンスタイルが主流だった日本の外食市場において、400度を超える高温の薪窯でわずか数十秒で焼き上げ、コルニチョーネ(縁)がふっくらと持ち上がったモチモチの生地を供するスタイルは、まさにコペルニクス的転回でした。
柿沼氏の卓越した技術と哲学に触発され、腕利きの職人たちが中目黒とその周辺を目指して集結。さらに2010年、世界ピッツァ選手権で2年連続優勝を果たした山本尚徳氏が「ピッツェリア エ トラットリア ダ・イーサ」を開業したことで火花が散り、中目黒は名実ともに日本のトップランナーたちが鎬を削る舞台へと昇華しました。
フードビジネスを研究する都市文化論の視点から紐解くと、中目黒はアパレルデザイナー、クリエイター、広告関係者といった感度の鋭い住民層が多く、単なる「高級感」よりも「本物のクラフトマンシップ」を正当に愛でる土壌が整っていました。職人のプライドが呼応し合い、切磋琢磨が日常化した結果、現在のように薪窯ナポリピッツァ中目黒のブランドが全国へ轟くことになったのです。