トリリンガルでバックパッカーとして世界各地を巡る逸臣ですが、なぜ彼がそこまで執拗に「外の世界」を求め続けるのか、その背景には彼自身の生い立ちと価値観が深く関係しています。
作中で徐々に明かされてきた逸臣のバックボーンによると、彼は幼少期から海外と日本を行き来する環境に身を置いており、「言葉が通じない場所で人と心を通わせる難しさと尊さ」を原体験として持っています。逸臣にとって言葉とは単なる記号ではなく、未知の相手と繋がるための生命線でした。聴覚障害を持ち、手話という視覚言語で生きる雪に対して偏見なく自然体で接することができたのも、逸臣自身が異文化の壁を乗り越え続けてきた経験があったからに他なりません。
さらに逸臣は、将来的な目標として海外での教育支援や子どもたちの居場所作りに関わる構想を抱いています。世界中を旅して見聞を広める行為は気まぐれな放浪ではなく、将来自分自身の手でプロジェクトを実現するための明確な下準備でした。雪を自らの旅先へ連れて行きたいと願うのも、彼女を自分の大切な世界へ招待し、同じ景色を共有したいという深い愛情の表れです。