ここで一般に知られていない盲点と、ネット上で広がっている誤解について整理しておきたい。
まず、ケンとメリーの曲として知られる「ケンとメリー〜愛と風のように〜」は、日本のフォークグループ「BUZZ」が歌ったものである。これが「海外のアーティストの曲」だと誤解している人は意外に多い。楽曲の完成度の高さと英語詞のパートが混在する構成から、輸入楽曲と思われがちだが、作詞・作曲は日本のスタッフによるオリジナルである。
ケンとメリーの歌詞は、一見すると単純な旅の情景を綴っているように見えるが、実際には「出会い」と「別れ」を暗示的に織り込んだ構造になっている。歌詞には明確な結末がなく、聞き手の想像力に委ねる設計だ。これは当時のフォークソングに共通する手法だが、CMソングとしてここまで「未完の物語」を前面に出した例は少ない。この余白こそが、視聴者の記憶の中にCMが「自分ごと」として定着する仕掛けだったと、広告分析の専門家は指摘している。
また、ネット上では「ケンとメリーは実在のカップルだった」「二人は撮影中に本当に恋に落ちた」といった噂が散見されるが、これは事実ではない。再会イベント時の本人たちの証言によれば、二人は撮影期間中に友人として過ごしただけであり、恋愛関係にはなかったという。「カップルに見える」こと自体がCMの演出であり、それを成立させた撮影チームの手腕こそ評価されるべきだろう。
さらに、ロケ地に関する誤解も多い。「ケンとメリーのロケ地」として最も有名なのは北海道の美瑛町と長野県の乗鞍高原だが、実際には日本各地で断続的に撮影が行われた。四季の変化を映像に織り込むため、北海道、長野、静岡、九州など、複数の都道府県にまたがる長期ロケだったとされる。美瑛だけが舞台だったわけではないのだ。
70年代日本車CM名作群の中でも、このように複数の誤解が生まれる背景には、作品自体の情報が公式に整理されてこなかったことがある。日産の公式アーカイブでも、ケンメリCMに関する詳細な資料は限定的にしか公開されておらず、ファンの間での口承や断片的な情報が独り歩きする土壌があった。