事態が急展開を見せたのは1983年(昭和58年)のことです。当時85歳だった安岡氏と、45歳だった細木氏の間で婚姻届が提出され、二人が法的な夫婦となったという報道が駆け巡りました。
この電撃的な入籍に対して、安岡正篤の親族・家族および全国にいた直系の弟子たちは猛烈な拒絶反応を示しました。安岡氏はこの時すでに脳梗塞を患った後であり、著しい記憶力・判断力の低下が見られていたためです。
家族側の証言によると、安岡氏は家族の名前すら曖昧になるほど病状が悪化しており、「自らの意思で婚姻届に署名・押印できる状態では断じてなかった」と主張。細木氏が主導して勝手に婚姻届を提出したとして、安岡氏の長男ら遺族は即座に「婚姻無効確認の調停および訴訟」を起こす事態へと発展しました。