日生学園のエピソードを語る上で欠かせないのが、ダウンタウンの浜田雅功さんが日生学園高等学校(第一高校)で過ごした日々の回顧録です。浜田さんは学生時代、全寮制ならではの厳格すぎる規則に縛られ、外部との連絡や私物の持ち込みも極めて厳しく制限された環境に身を置いていました。
当時の日課は、午前4時台の起床ラッパとともにスタートします。掛け布団をミリ単位の正確さで畳み、わずか数分でグラウンドへ整列。腹の底から大声を張り上げて点呼を行い、休む間もなく全力疾走や精神統一の座禅を行うという、心身の限界を試されるスケジュールが組まれていました。少しでも規律を乱したり声が小さかったりすれば、上級生や教員から苛烈な連帯責任が課される日常でした。
この極限生活に耐えかねた浜田雅功さんが敢行したのが、今や伝説となった「決死の脱走劇」です。脱走の理由は単純明快で、「このままでは精神か肉体が持たない」という生存本能によるものでした。監視の目を盗んで山を越え、公衆電話から相方の松本人志さんに助けを求め、何とか迎えに来てもらったものの、最終的には学校へ連れ戻されたというエピソードは、バラエティ番組でも度々披露され、視聴者とネット住民の度肝を抜いています。