まだ陽も昇りきらない早朝から数十人単位の列を生み出す最大の原動力、それは「圧倒的な鮮度」と「都市部ではあり得ない値付け」にある。しかし、その背景を単に「市場の人が親切だから安く出している」と片付けてはならない。そこには漁港卸売市場ならではの極めて合理的なビジネスモデルが存在する。
第一の理由は、中間流通マージンと輸送コストの完全な排除だ。通常、街頭の鮮魚店や和食割烹に魚が届くまでには、漁業者、産地卸、消費地卸売市場、仲卸、配送業者と複数の流通段階を経る。これに伴い人件費、保冷輸送費、各段階の手数料が上乗せされる。一方、たとえば相模湾に面した「小田原魚市場食堂」のような施設は、セリ落とされた魚が階段を上がって数十秒で厨房へ運び込まれる。運賃は実質ゼロ、鮮度劣化もゼロという極限の短縮構造が成立しているのだ。
第二に、市場関係者の間では周知の事実である「未利用魚・規格外魚の高回転調理」という仕掛けがある。サイズが不揃いであったり、まとまったロットにならず一般市場へ出荷できない上質な地魚(アジ、カマス、ホウボウ、スズキなど)を、食堂側が競り落として即座に「日替わり刺身」や「フライ定食」へと転換する。漁師側にとっても廃棄リスクが消え、食堂側も原価を極限まで抑えつつ、顧客へは「朝獲れ刺身定食」として提供できる共存共栄の仕組みが機能している。
「朝4時のセリを見届けて、そのまま市場の2階へ上がってくる常連の買い付け人と、早朝ドライブで乗り付けてくる県外ナンバーの観光客。この2つの層が同じカウンターで飯をかき込んでいる光景こそが、魚市場食堂の活気の正体です」と、現地の市場関係者は語る。単なる外食ではなく、「市場の生きた呼吸に立ち会う体験」そのものが、人を惹きつけてやまない理由だ。