江戸の文献や古典落語、時代劇などに時折登場する「陰間」という言葉ですが、その正確な意味や出自については現代では誤解も少なくありません。端的に言えば、陰間とは「10代前半から20歳前後の美少年であり、主に男性客を相手に性的な歓楽を提供した男娼」を指します。
その語源の由来は、歌舞伎の劇場構造に深く根ざしています。表舞台で華々しく舞い踊る役者に対し、まだ舞台に立てない、あるいは端役しか務められない見習いの少年役者たちは、舞台裏の控え室である「陰の間(かげのま)」に待機していました。贔屓(ひいき)筋の客から声がかかると、この陰の間に客を招き入れて酒食を共にし、密かに夜の相手を務めたことから、「陰の間にいる少年」が転じて「陰間」と呼ばれるようになったと記録されています。
混同されやすい言葉に「色子(いろこ)」や「若衆(わかしゅ)」があります。これらは厳密には以下のようなグラデーションを持っていました。
- 若衆(わかしゅ):元服前で前髪を残した少年全般を指す年齢区分の呼称。武士や町人を問わず広く使われた。
- 色子(いろこ):主に歌舞伎の舞台に立ち、役者として活動しながら副業的に売色も行った美少年。芸妓に近い側面を持つ。
- 陰間(かげま):舞台出演よりも、専業または半専業として性奉仕や宴席の接待に従事した少年。陰間茶屋に所属することが多かった。
当時の随筆集や井原西鶴の浮世草子『男色大鑑』などを紐解くと、彼らは単に身体を売るだけでなく、和歌、茶の湯、生花、三味線、さらには最新の流行や当意即妙の会話術に至るまで、徹底した教養を叩き込まれていた様子が克明に描かれています。陰間とは、美貌と高度な芸能を兼ね備えた「少年のプロフェッショナル」だったのです。