鶏肉調理において最も警戒すべき病原体は、市販の生鶏肉から高頻度(流通品の20〜60%超)で検出されるカンピロバクター・ジェジュニ/コリです。わずか数百個という微量摂取で激しい腹痛、下痢、発熱を引き起こし、感染後数週間を経て手足の麻痺などを伴う自己免疫疾患「ギラン・バレー症候群」を発症する重篤なリスクを孕んでいます。
厚生労働省が定める食肉の加熱殺菌基準では、「中心温度75度で1分間以上の加熱、またはこれと同等以上の効力を有する方法」と規定されています。加熱殺菌工学における「同等以上の加熱条件」の計算指標(D値・Z値)に照らすと、以下の条件を中心部で満たさなければなりません。
【中心温度ごとの死滅要求時間】
・60度:中心到達後、約100分以上保持
・63度:中心到達後、30分以上保持
・65度:中心到達後、約5分以上保持
ここで多くの一般家庭が致命的な誤解に陥ります。「水温が63度になれば、30分で完成する」という錯覚です。冷蔵庫から取り出したばかりの冷たい鶏むね肉(厚み2〜3cm)を湯に入れてから、中心部が63度に到達するまでには最低でも40〜60分のタイムラグが生じます。つまり、湯煎の温度だけでなく「熱が肉の中心に届くまでの物理的な伝導時間」を加算しなければ、中心部は生焼けのまま放置され、菌が生き残ってしまう危険性が極めて高くなります。