ワットの蒸気機関がもたらした動力革命は、定置式の工場設備にとどまらず、人類の移動概念そのものを刷新する交通革命へと波及しました。その直系にあるのが蒸気機関車の実用化経緯です。
皮肉なことに、ワット自身はボイラー爆発の危険性を極度に恐れ、低圧蒸気機関に固執していました。そのため、機関を小型軽量化して自走式車両に載せるための「高圧蒸気機関」の開発をむしろ抑制する立場をとっていました。しかし1800年にワットの基本特許が満了すると、リチャード・トレヴィシックらが一気に高圧蒸気を用いた機関車開発を加速させます。
この技術的バトンを受け継ぎ、実用に耐えうるシステムとして結実させたのがジョージ・スティーブンソンです。1825年のストックトン・アンド・ダーリントン鉄道、そして1829年のレインヒル・トライアルで優勝した蒸気機関車「ロケット号」の登場により、大量の貨物と人間を高速で陸上輸送する鉄路の時代が到来しました。鉱山から工場へ、工場から港へという物資の循環スピードが桁違いに短縮されたことで、市場の広さは局地的な地域圏から国家規模、そして世界規模へと一気に拡張されたのです。