「両親の名前を使えば、簡単に主演の座が手に入るのではないか」――世間が二世俳優に対して抱きがちな安易な偏見を、趣里は自らの足跡で完全に粉砕してきました。本名は水谷趣里(みずたに しゅり)。しかし、2011年の女優デビュー当初、彼女が水谷豊と伊藤蘭の娘であることを公表して大々的にプロモーションすることは一切ありませんでした。
幼少期から表現の世界に身を投じていた趣里の原点は、クラシックバレエでした。4歳から名門「井上バレエ団」で研鑽を積み、将来を嘱望された彼女は、高校を中退して単身イギリスのアーツ・エデュケーショナル・スクールへバレエ留学を果たします。ところが、現地で足首の剥離骨折およびアキレス腱断裂という表現者生命を揺るがす大怪我に見舞われ、バレリーナの夢は無残にも断たれました。
失意の帰国後、高卒認定試験(大検)を経て明治大学文学部へ進学した彼女を再び突き動かしたのが、映画や演劇の力でした。塩屋俊主宰の「アクターズクリニック」で演技の基礎を学び直す際も、両親の威光には一切頼らず、一般の生徒と同じく一からレッスンを受講。2011年、倍率数百倍とも言われた『3年B組金八先生ファイナル』のオーディションを自力で突破し、女優としての第一歩を踏み出したのです。
現場の制作関係者は当時の様子について「オーディションシートに親のコネクションを匂わせる記述は一切なく、独特のハスキーな声と目線の鋭さだけで審査員を圧倒していた」と証言しています。自らの名前ひとつで勝負する覚悟こそが、現在の卓越した演技力の土台となっています。