アートファンのみならず、都市部で多忙な日々を送る旅人たちがこぞって中之条町を目指す背景には、鑑賞体験の質的な違いがあります。大規模な国際芸術祭の多くが巨大な展示ホールや著名作家のネームバリューに頼るなか、中之条ビエンナーレは「土地の風土に作家が深く潜り込む」という基本姿勢を2007年の初回から一貫して守り抜いてきました。
人口約1万5000人の静かな山あいの町に、会期中は国内外から100組を超える気鋭の参加アーティストが集結します。彼らは単に完成した作品を持ち込むのではなく、使われなくなった養蚕農家の土間や廃校の体育館、昭和の映画撮影で知られるスタジオの片隅に滞在し、地元住民と寝食を共にしながら制作を進めます。ある参加作家が手記で「古い板壁の匂いや沢の音と対話し続けるうちに、作品が町に語りかけるのではなく、町が作品を形作らせてくれた」と述懐しているように、空間とアートの間に嘘のない調和が生まれるのです。
展示会場に足を踏み入れた瞬間、観る者は単なる「観客」から、町の記憶を共有する「共犯者」へと変貌します。観光地化されすぎていない素朴な山村の空気、木造校舎の軋む廊下の感触、そして何百年も湧き出続ける温泉の香りが、現代アート特有の難解さを解きほぐし、五感全体を揺さぶる感動へと昇華させています。