公用車を巡る議論で最も世論の反発を招きやすいのが、最高峰セダン「トヨタ・センチュリー」の採用問題である。過去数年間で、兵庫県や山口県、富山県などで知事や議長用の公用車としてセンチュリーの長期リース契約が相次いで発覚し、各県議会や住民監査請求で「常識を逸脱した贅沢」「財政危機における市民感覚の欠如」として激しい公用車税金無駄遣い批判が巻き起こった。山口県では元知事らに対して損害賠償を求める住民訴訟へと発展し、司法の判断が全国的な注目を集める事態に至っている。
行政側が巨費を投じてまで公用車センチュリー理由として掲げる根拠には、長年にわたる独自の組織論理が存在する。第一に挙げられるのが「防護性能と走行安定性」である。要人警護(SP)が同乗・追従する際、高速道路での合流や緊急回避における強大な排気量とトルク、剛性感は他の大衆車を寄せ付けない。第二に、皇族の地方行幸啓や国賓・大使クラスの要人を後部座席に迎える「貴賓車」としてのプロトコル(儀礼上の国際基準)を満たす車両が国内にセンチュリーや一部のフラッグシップセダンしか存在しなかったという歴史的事情がある。
しかし、こうした弁明は市民の納得感を得られていない。年間数百万円単位に上るリース費用に加え、特別仕立ての専用装備が本当に「首長の通常公務」に不可欠なのかという疑問は根強い。知事自身が移動中に書類を精査し、電話連絡を取るための静粛性を確保するだけであれば、2000万円を超える超高級セダンでなくとも達成できる。特権意識の温床とみなされるセダン神話は、行政の情報公開が進むにつれて急速にその正当性を失いつつある。