両者のルーツを掘り下げると、数百年の歴史を持つインドの宮廷料理と、明治・大正期の近代日本が誇る豪華客船という、まったく異なる文化的背景が浮かび上がります。
インドにおけるキーマの歴史は古く、16世紀に興ったムガル帝国の宮廷料理「ムグラ料理」の宮廷記録にも、細かく刻んだ羊肉をスパイスやナッツとともに煮込んだ贅沢な肉料理として記述が見られます。ヒンドゥー教徒の多い地域では牛肉が避けられ、イスラム教徒の間では豚肉が禁忌とされるため、主にマトンやヤギ、チキンが用いられてきました。具材を挽肉にすることで短時間でスパイスの風味が肉の内部まで浸透し、ナンやチャパティ、あるいはバスマティライスとともに食されてきた伝統的な家庭料理・宮廷料理です。
対照的に、ドライカレーの起源として最も有力視されているのが、1911年(明治44年)に就航した日本郵船の欧州航路客船「三島丸(みしままる)」の船内食堂です。当時の航海記録や社史資料によると、船酔いに苦しむ乗客のために、船の揺れでも食べやすく、食欲を刺激するメニューとして船上コックが考案したと伝えられています。この時に供されたものは、挽肉と細かく刻んだ野菜をスパイスでじっくり炒め煮にし、汁気をなくしたソースをご飯の上に載せるスタイルでした。
その後、昭和の高度経済成長期を迎えると、喫茶店文化の隆盛とともに「冷やご飯をカレー粉と具材で手早く炒めた炒飯スタイル」のドライカレーが手軽な軽食として全国へ普及しました。さらに1970年代以降、冷凍食品メーカー各社が家庭向けにカレーピラフ・ドライカレーを相次いで商品化したことで、日本人の意識の中に「黄色いスパイシーな炒めご飯=ドライカレー」という強固なイメージが定着していったのです。