被害者を最も絶望させるのは、道路族当事者に「周囲へ迷惑をかけている」という罪悪感が微塵も存在しない点にあります。発達心理学や家族社会学の視点から現場を分析すると、道路族を形成する親たちの特異な心理構造が浮かび上がってきます。
新興分譲地など同世代のファミリー層が集まる地域では、親同士の間に「同じ子育て世代」という強い仲間意識と同調圧力が芽生えます。これがエスカレートすると、私有地と公共の空間を隔てる「心理的バウンダリー(境界線)」が完全に崩壊し、「目の前の道路は自分たちの安全な庭の延長である」という歪んだ認知の歪み(特権意識)へと変貌します。子どもを公園へ連れていく手間を省き、家事をしながら手元で遊ばせられるという親側の都合が、「道路遊び=子どもの健やかな成長」という大義名分にすり替えられるのです。
こうしたコミュニティに対して外部の住民が「ボールの音が響いて休まらない」「車の出入りが危険だ」と正当な苦情を申し立てた瞬間、道路族親の防衛機制が発動します。自分たちの利便性や育児放棄に近い実態を認めることは自己否定につながるため、彼らは認知的不協和を解消すべく、注意してきた側を「子育てに不寛容な悪人」「地域コミュニティを乱す異端者」とラベリングして敵視します。
この集団心理が、注意後の無視や徒党を組んだ悪口、わざと被害宅の前で騒ぎ立てるといった悪質な逆恨み行動を生み出します。単独ではなく「群れ」で生活道路を占拠しているがゆえに、個人の理性や羞恥心が麻痺し、第三者からの常識的な指摘が一切届かない閉鎖空間が完成してしまうのです。