ヒットメーカーとしての顔の一方で、いずみたくのライフワークであり真の情熱が注がれていたのが「日本オリジナルのミュージカル制作」でした。
当時、ブロードウェイなどの輸入ミュージカルが主流だった日本において、日本語の美しさと庶民の心情を描くオリジナル作品の上演を目指し、1977年に自らの劇団「フォーリーズ(現・ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ)」を設立しました。劇団の運営や地方巡回公演の赤字を、自身のCMソングや歌謡曲の印税で補填しながら走り続けたエピソードは演劇界で語り草となっています。
1992年の逝去後、その遺志は妻・今泉和子さんや息子の今泉鉄矢氏、そして劇団員たちに受け継がれました。劇団は「イッツフォーリーズ」と名称を改め、いずみたくが遺した膨大なミュージカルナンバーを再構成した舞台や、学校巡回公演を継続しています。
「父が命を削って創り上げた『日本人のためのミュージカル』の灯を消してはならない」という遺族と劇団関係者の強い結束が、彼の没後30年以上を経た現在も作品を色褪せさせない原動力となっています。