ヴィットリアのモデル経歴とプロフィールを語る上で欠かせないのが、彼女が完全な「たたき上げの実力派」であるという点です。1998年にイタリア北部の街ブレシアで生まれた彼女は、14歳のときに世界的なモデルコンテスト「エリート・モデル・ルック 2012」のイタリア大会でファイナリストに選ばれたことを機にキャリアをスタートさせました。
彼女の名を一躍世界に知らしめたのは、モードの帝王と呼ばれた故カール・ラガーフェルドとの出会いです。カールは彼女のクラシックな美貌と鋭い感受性を絶賛し、シャネル(CHANEL)のランウェイや広告キャンペーンに起用し続けました。2019年春夏のオートクチュール・コレクションで、水着を模したスパンコールのブライダルルックを纏ってショーのフィナーレを飾った姿は、モード史に残る名場面として語り継がれています。
また、彼女の知名度と尊敬を決定づけたのが、2026年に巻き起こった「ネポベイビー(親の七光りで成功した二世セレブ)論争」での毅然とした発言です。裕福な家庭や有名人の親を持たず、何百回ものオーディションに落ちながら自力で航空券代を稼いでトップに上り詰めた自身の経験をもとに、SNS上で「自分の特権を認めず、たたき上げと同じ苦労をしたかのように語るべきではない」と率直に主張しました。この発言は業界内外から大きな賛同を集め、彼女の確固たるプロ意識を示すエピソードとなっています。