雅子さまのご体調異変が公に大きく報じられたのは、2003年12月のことでした。激しい帯状疱疹を発症され、宮内庁病院に緊急入院されたことが長期療養の直接の契機となります。当時、皇太子妃であった雅子さまは公務を全面的に休止し、静養に入られました。
当初は過労による一時的な体調不良と見られていましたが、翌年になっても心身の疲労は回復せず、重い不眠や強い精神的プレッシャーといった心身の症状が続いていました。そして2004年7月、宮内庁は雅子さまの病状について「適応障害」の診断名を正式に公表しました。精神科医を中心とする専門の医師団が結成され、本格的な治療プログラムが開始されたのです。
皇室の重要人物が精神的な不調を診断名とともに公表することは極めて異例であり、当時の社会に大きな衝撃を与えました。しかしこの発表は、雅子さまが抱えられていた苦悩が単なる「わがまま」や「怠惰」ではなく、専門的な医療ケアを要する疾患であると社会に認知させる第一歩となりました。