仙谷氏が官房長官在任中に直面した最大の試練が、2010年9月に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件でした。日本の排他的経済水域内で海上保安庁の巡視船に意図的に衝突してきた中国漁船の船長を公務執行妨害容疑で逮捕したものの、中国側の激しい外交的報復(レアアース対日輸出停滞や日本人拘束)に晒されることになります。
那覇地検による「日中関係への配慮」を理由とした船長処分保留での釈放劇において、政府による政治介入が強く疑われ、野党や世論から「弱腰外交」「密室の政治判断」と激しい糾弾を浴びました。さらに、衝突時の海上保安庁撮影ビデオの一般公開を仙谷氏らが治安・外交上の理由から拒み続けた結果、海保職員(一色正春氏)によるYouTube流出事件へと発展。政府の危機管理体制の杜撰さが白日の下に晒されました。
追い打ちをかけたのが、同年11月の国会答弁における自衛隊を巡る舌禍事件です。予算委員会において自衛隊の役割を論じる過程で「自衛隊は暴力装置でもある」と発言。マックス・ヴェーバーの社会学用語(暴力を独占する国家機関)の学術的引用であったものの、国防を担う自衛隊員に対する不敬であるとして野党・自民党から猛反発を浴びました。結果として仙谷氏は発言を陳謝・撤回したものの、参議院で問責決議が可決され、内閣改造での官房長官交代を余儀なくされました。