逆行列の計算を始める前に、何よりも優先すべきステップが存在します。それが逆行列の存在条件を行列式で確認する作業です。どれほど時間をかけて複雑な変形を行っても、そもそも逆行列が存在しない行列であればすべての努力が徒労に終わります。
逆行列を持つ正方行列のことを「正則行列(または非特異行列)」と呼びます。行列 $A$ が正則であるための必要十分条件は、その行列式 $\det(A)$(または $|A|$)がゼロではない($\det(A) \neq 0$)ことです。
では、なぜ行列式がゼロだと逆行列が存在しないのでしょうか。幾何学的な直感で捉えると、行列式とは「行列の変換によって空間の体積(2次元なら面積)が何倍に拡大・縮小されるか」を示す倍率です。行列式がゼロになるということは、2次元の平面が1本の直線に潰れたり、3次元の空間がペラペラの平面に押し潰されたりした状態を意味します。
一度完全に潰れて情報が失われた空間を、元の立体的な空間へと1対1で復元することは数学的に不可能です。通常の数式で「0で割る割り算」が許されないのと同様に、$\frac{1}{\det(A)}$ の分母がゼロになってしまうため、逆行列は定義できません。計算問題を手渡されたら、まず最初に行列式を計算し、非ゼロであることを確かめる癖をつけることが防御の第一歩です。