植物学者たちがシャガに対して抱く最大の畏怖は、その生殖システムにあります。日本国内に自生するシャガは、例外なく染色体が基本数の3組ある「三倍体(3n=36)」という特殊な遺伝構造を持っています。
種子植物において三倍体の個体は、減数分裂が正常に行われないため、受粉しても種子を作ることができません(不稔性)。果物の「種なしスイカ」と同じ状態が、自然界で恒常化しているわけです。種ができないということは、自力で風や鳥によって遠隔地に子孫を飛ばすことが不可能です。
では、なぜシャガは北海道を除く本州、四国、九州の山林全域にこれほど広く自生しているのでしょうか。
植物分類学の研究データによると、「日本国内に自生するすべてのシャガは、かつて中国大陸から人為的に持ち込まれた単一、あるいはごくわずかな親株から栄養繁殖(地下茎の株分け)によって増殖した同一クローンである」という結論が支持されています。有史以前、あるいは古い遣唐使の時代などに薬用や観賞用、法面保護の目的で持ち込まれ、それが人の手によって全国の寺院、城郭、街道の土手へと株分けされながら広がっていったと考えられています。
日本全国の山深い渓谷や古刹で目にするシャガが、遺伝子的には数百年、数千年前の同一生命体そのものという事実は、植物界における生きたオーパーツとも呼べる驚異的なミステリーです。