華やかな表舞台の裏で、花魁たちの生涯は極めて過酷な制約の中にありました。吉原の周囲はお歯黒溝(おはぐろどぶ)と呼ばれる堀と高い塀で囲まれ、出入り口は「大門(おおもん)」の1箇所のみ。遊女たちが自由に外へ出ることは一切許されない監禁状態に等しい環境でした。
一般的な遊女の年季(契約期間)は27歳前後までと定められていましたが、借金(前借金)の返済や自身の衣装代・従者の養育費などがかさみ、年季明けを迎えて無傷で自由の身になれる女性はごく僅かでした。梅毒などの性病や結核による若年での死亡率も高く、亡くなった身寄りのない遊女は近くの浄閑寺(投込寺)へ葬られるという暗い歴史が存在します。
その過酷な運命から抜け出す唯一の夢が「身請け(落籍)」でした。豪商や大名が花魁の残余借金を肩代わりし、さらに郭へ莫大な祝儀を支払って妻や側室として引き取る儀式です。
最高位の花魁を身請けするための相場金額は、一両=10万〜12万円と試算した場合、千両から数千両、現代の貨幣価値に換算して約1億円から3億円以上に達しました。身請けは単なる個人の売買を超えた、財力と権力を天下に示す一大ビッグイベントだったのです。