旧熊石町は現在どうなった?八雲町との越境合併の真相と名所グルメの今

旧熊石町は現在どうなった?八雲町との越境合併の真相と名所グルメの今

旧熊石町は現在どうなった?八雲町との越境合併の真相と名所グルメの今とはどんな影響があるのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。

北海道爾志郡熊石町の歴史は古く、室町時代の館(道南十二館のひとつ「門昌庵」など)にまで遡ります。江戸時代には松前藩の天領としてニシン漁の黄金期を迎え、北前船の寄港地としても栄えた日本海側の歴史ある港町でした。

そんな熊石町が平成の大合併で下した決断は、日本全国の地方自治関係者を驚かせました。隣接する檜山支庁(現・檜山振興局)内の町村ではなく、分水嶺である雲石峠を越えた渡島支庁(現・渡島総合振興局)の「山越郡八雲町」との新設合併を選んだためです。支庁の枠組みを越えた自治体合併は、北海道内において前代未聞の越境合併でした。

この選択の決定打となったのは、住民アンケートでも圧倒的多数を占めた「生活圏の実態」です。熊石地域からは檜山南部の中核都市(江差町など)へ向かうよりも、国道277号を経由して太平洋側の八雲町市街地へ出るほうが移動時間を短縮できるケースが多く、高度急性期医療を担う「八雲総合病院」への通院や買い物、高校通学などで八雲側に強く依存していました。行政区域の枠にとらわれず、住民の命と日々の利便性を最優先にした結果が、二海郡八雲町の誕生でした。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。