逮捕から保釈が認められるまでの164日間におよぶ拘置所生活は、人間の尊厳を極限まで脅かす試練の連続だった。村木氏は外部との接触を遮断され、冷暖房のない独房で厳しい監視下に置かれた。この精神的重圧に耐え切れた背景には、自身の鋼の精神力に加え、同じく旧労働省の官僚であった夫・村木太郎氏の献身的な支えが存在した。
太郎氏は妻の逮捕直後から「彼女がそんな不正に手を染めるはずがない」と無実を確信。自らも官僚組織の重責にありながら、メディアのバッシングに屈することなく、弘中惇一郎弁護士ら腕利きの弁護団と緊密に連携して反証資料の収集に奔走した。さらに、拘置所への毎日の差し入れや手紙を通じて妻の孤立を防ぎ続けた。
拘置所の冷たい机で、村木氏は支給されたノートに日々の出来事や捜査官との問答、そして揺れ動く内面を極小の文字で克明に記録し続けた。この拘置所手記は、後に裁判で検察官の強弁を論破する客観的証拠となっただけでなく、自身の精神の安定を保つ防壁としても機能した。「書くことによって自分を客観視し、検察官が描く虚構の世界に引きずり込まれるのを防いだ」と村木氏は述懐している。
夫婦で交わした往復書簡やノートの記録は、後に単行本や手記として公開され、多くの読者に深い感銘を与えた。絶対的な権力によって社会的に抹殺されかけた窮地において、家族が信じ抜く力がいかに強大であるかを証明したエピソードである。