ネット上で今なお最も議論が紛糾しているのが、後編『生き続ける者』のラストで描かれた室井慎次 死亡の真相です。「なぜあんな呆気ない死に方をさせなければならなかったのか」「警察の英雄が雪山で犬を探して低体温症で死ぬなんて納得がいかない」という戸惑いの声が、一部で根強く残っています。
しかし、この結末を「無念の事故死」や「単なるショッキングな演出」と捉えるのは、物語の構造的な本質を見落としています。劇中で室井が命を落としたのは、猛吹雪の夜、脱走した飼い犬のシンペイを探しに一人で雪深い山林へと分け入った結果でした。そこには銃撃戦も、凶悪犯との格闘もありません。
この最期のシークエンスが意味しているのは、「国家権力の執行者」から「生身の一人の人間、そして父」への回帰です。もし室井が巨悪の銃弾に倒れるような殉職を遂げていたなら、彼は永遠に「警察官・室井慎次」という記号の中に閉じ込められたままだったはずです。名もなき秋田の農村で、自分が引き取った家族(タカやリク)のために雪山へ足を踏み入れ、命を落とす。国家ではなく、目の前のかけがえのない命のために全力を尽くして力尽きる姿こそ、官僚制という巨大なシステムから完全に解放された室井の「人間としての到達点」でした。