日比谷野音の歴史は、日本のライブエンターテインメントの歩みそのものです。1923年(大正12年)に初代・小音楽堂および大音楽堂が開設されて以来、関東大震災や戦争を乗り越え、戦後の民主化運動や学生運動の集会、そして1960年代後半からのフォーク・ロックカルチャーの震源地として機能してきました。
音楽史に刻まれる「伝説のステージ」は枚挙にいとまがありません。
1975年4月13日、キャロルの解散コンサートでは、演出用の特殊効果からステージが炎上するハプニングが発生。その劇的な幕切れは今なお語り継がれています。また、1977年7月17日にはキャンディーズが「普通の女の子に戻りたい!」と叫んで突如解散を宣言し、社会現象となりました。
さらに、RCサクセションが土砂降りの雨の中で繰り広げた圧巻のアクトや、エレファントカシマシが30年以上にわたり毎年連続で開催してきた恒例の野音単独公演など、アーティストとオーディエンスが「自然の天候」を味方につけて生み出した奇跡の瞬間が、この場所を唯一無二の「聖地」へと昇華させました。