藪知らずの名を全国区に押し上げた立役者が、水戸藩第2代藩主の徳川光圀(水戸黄門)にまつわる伝説です。
江戸時代に成立した奇談集などによると、「天下の副将軍」として知られた光圀公が、迷信を打ち破ろうと自ら家臣を引き連れて藪の中へ踏み入ったとされます。しかし、奥へと進むにつれて竹や藪が瞬く間に形を変えて出口を塞ぎ、白髪の老翁が現れて「尊公といえども神域を侵すことは許されぬ」と一喝。光圀は非を認めて平伏し、命からがら脱出した後、「今後は何人たりとも立ち入るべからず」と厳命したというエピソードです。
この光圀の逸話は錦絵や歌舞伎の演目としても描かれ、民衆の知るところとなりました。歴史的事実としての裏付けには諸説あるものの、権力者であっても侵せない聖域が存在するというプロパガンダとして、江戸期における禁忌の補強に大きく寄与したことは間違いありません。