日本全国で最も有名な沖縄の言葉の一つでありながら、最も重大な抜け落ちを抱えたまま定着してしまった言葉、それが「なんくるないさ」です。多くの人が「大丈夫、どうにかなるさ」「気にしなくていいよ」という、気晴らしやその場しのぎの慰めとして理解しています。しかし、なんくるないさ 誤解の真相を追究すると、本来は単独で使うスラングではなく、対となる定型句の一部であったことが分かります。
本来の全文は、まくとぅそーけーなんくるないさと発音されます。「まくとぅ」とは漢字の「誠(まこと)」を指し、「そーけー」は「〜していれば、〜を行っていれば」という条件を表す接続助詞の働きを持ちます。つまり、まくとぅそーけーの意味とは「誠の道を踏み外さず、正しい行いを誠心誠意続けていれば」という行動の指針そのものです。
したがって、この言葉が指し示すなんくるないさの本当の意味は、「何も手を打たなくても勝手に事態が好転する」という甘い見通しではありません。「人として正しく生き、誠心誠意の努力を重ねた上で、あとは天運や自然の摂理に委ねる」という、東洋哲学における「人事を尽くして天命を待つ」と完全に同義の、極めて厳格かつ潔い倫理規範なのです。
沖縄の郷土史関係者や民俗学の有識者は、「前半の『まくとぅそーけー』を切り落として『なんくるないさ』の部分だけを享受するのは、いわば原因を作らずに結果だけを欲しがるようなもの」と指摘します。結果の受容だけが独り歩きし、その根底にある「真の誠実さ」という条件が見失われてしまったことこそ、現代に広がる大きなギャップと言えます。